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日本ストリーミングチャートのファンダム過熱問題 ~2022年第2四半期までの経緯と現状~

この記事では「日本ストリーミングチャートのファンダム過熱問題」を取り上げる。

 

「日本ストリーミングチャートのファンダム過熱問題」とは、一部アーティストのファンダムが、楽曲の視聴ではなく、大量再生に付属する特典の獲得やチャート成績向上を主目的とした大量再生を行っていることによって生じる音楽チャート上の問題を指す。

 

なお、ここで問題とするのは音楽チャートの設計やその在り方であり、ファンダムの過熱そのものの是非は論点としておらず、否定する意図もない。ここで例示した楽曲やアーティストを批判するものでもない。

 

 

 

なぜ問題なのか

 

ストリーミングは令和時代突入以降、「音楽を聴くためのツール」の主流に君臨している。その模様は以下記事で具体的に解説している。

 

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この記事で示したBillboard JAPAN歴代ストリーミングランキングを見れば分かるとおり、近年の大人気曲は軒並みストリーミング指標において数億単位で再生回数を稼いでいる。つまり人気楽曲を把握する方法はBillboard JAPANのストリーミングランキングを見ることが近道なのである。

 

ただしストリーミングは数ある音楽の聴き方の中の一手段に過ぎない。その主流であるとは言っても、依然としてCD購入やダウンロード購入により音楽を聴く層も存在する。そのため、網羅的に楽曲人気を把握するためには、こうした数多くの指標を複合した総合チャートを見ることが本来であれば適切である。

 

しかし日本では楽曲人気指標として使用可能な総合チャートが存在しないという状況が2006年以降10年以上に渡って続いていた。その模様は以下記事で解説している。

 

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総合チャートの中で最も楽曲人気指標としての機能性が高いチャートがBillboard JAPAN Hot 100である。Billboard JAPAN Hot 100は2019年までに、年間チャート単位においては楽曲人気指標として完璧と言えるチャート設計を確立した。すなわちこの年以降、楽曲人気に関係しない要因を主因としてBillboard JAPAN Hot 100の年間TOP10に入ることは不可能なチャート設計になったのである。

 

しかし週間チャート単位においては、Billboard JAPAN Hot 100は楽曲人気指標としては2021年末時点でもなお不適切な結果となっている。具体的には、楽曲人気指標としての機能性が完全消滅しているCDシングル指標における莫大な売上を主因とした週間1位獲得事例が多すぎる状況である。詳細は以下記事で解説している。

 

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そんな中で、新たな音楽の聴き方の主流として普及し始めたストリーミングのチャートは、CD売上指標のような、楽曲ではなくアーティストの人気に起因するファンダム(ここでは「ファンダム」はこの意味で用いる)の過熱による上位進出事例が殆どなく、週間1位は必ず高人気を得ている楽曲が獲得していた。そのため、週間チャート単位においては、総合チャートではなくストリーミングチャートを見ることが楽曲流行把握に適しているという歪な逆転現象が生じていた。

 

そのような中で、2022年以降は、ストリーミングチャートもファンダムの過熱を主因とする週間1位が本格的に発生するようになった。「ストリーミング週間1位獲得曲は必ず高人気楽曲である」という図式が通用しなくなってしまったのである。

 

この問題は「今どの曲が人気なのか」という流行の適切な理解を阻害するものである。これでは売り手は「楽曲需要の利益への変換」を最大化できないので音楽業界にとっては損失である。リスナーも流行の体感と一致しないチャートばかり見せられることで不信感が募り、最新音楽へ興味を持つ機会が減少してしまう。

 

流行とは本来、「一定の楽曲人気を獲得→音楽チャート上位進出→流行を追う層も存在を認知→ムーブメント化」という流れで形成されるが、楽曲人気チャートが存在せず「今どの曲が人気なのか」が分からない状況になると大人気曲は誕生しにくくなる。実際に、上の記事で示したCD偏重問題が深刻化した2010年代前半には「大ヒット曲数」が1990年以降で最低の水準にまで落ち込んだ。

 

※2022年6月7日時点

 

2010年代前半は「年間1位楽曲人気指標として使用できない」という音楽チャート史上考え得る中で最悪の事態が続いていた。それに比べれば、ストリーミングチャートではまだそこまでの事態には至っていない。

 

しかし、週間1位は年間TOP10に次いで重要な音楽チャート上のポジションである。なぜなら週間1位結果は必ず報道されるからである。このため、普段チャートを能動的に追っていない大多数の一般人にとっては、週間1位結果がそのチャートのイメージを左右する要因になっていると言っても過言ではない。

 

よって日本のストリーミング週間1位の楽曲人気指標としての機能性に疑義が生じている現状は問題提起しなければならないことなのである。

 

ストリーミング市場の現状

 

日本国内でストリーミングサービスを網羅的に集計した再生回数ランキングを発表している有名な機関はBillboard JAPANオリコンがあるが、オリコンのストリーミングランキングの設計は多くの点でBillboard JAPANに劣っており、当ブログでは一貫してBillboard JAPANを取り上げている。

 

Billboard JAPANの集計対象となっているストリーミングサービスのうち、利用者数上位四傑のサブスクはSpotifyApple music、Amazon music、LINE MUSICとされている。

 

creatorzine.jp

 

また、Apple musicが国内利用者数の過半を占めているとするデータもある。

 

k-tai.watch.impress.co.jp

 

このうちSpotifyApple music、Amazon musicにおいてはアルゴリズムを用いたファンダム過熱対策が採られていると言われている。ストリーミングサービスの先駆けでもあるYouTubeでは以下のとおり再生回数カウント方法上対策が採られていることが明示されている。

 

support.google.com

 

他方でLINE MUSICAWAなどの国産ストリーミングサービスに関してはそのような措置は採られていないとされている。その推測に至らしめる理由は後述する。

 

ファンダム過熱の歴史

 

2021年上半期まで

 

2021年上半期までは、ファンダム過熱を主因としたストリーミングチャート上位進出事例は殆どなかった。NiziU「Make you happy」BTS「Dynamite」など、時折LINE MUSICにおける再生回数キャンペーンを実施している上位楽曲は見られたが、その上乗せ規模は数百万再生程度に留まっており、チャートに与える影響は少なく、上位進出主因は楽曲人気であると言えるものであった。

 

 

 

2021年下半期

 

しかし2021年下半期、この再生回数キャンペーンの影響力が拡大し始める。例えば2021年7月に配信された超特急「CARNAVAL」のLINE MUSICキャンペーン内容は以下のとおり。

 

fc.bullettrain.jp

 

見てのとおり、このキャンペーンの最上特典を獲得するためには、なんと僅か12日間で8,888回以上もの再生回数を記録しなければならない。1日では、8,888回÷12日=740回再生しなければならない計算だが、「CARNAVAL」のフル尺は3.5分。740回×3.5分=2,590分という時間が必要だが、一日の時間は24時間×60分=1,440分しかない。これはフル尺再生という通常の楽曲の聴き方では達成できない内容であり、言い換えれば楽曲を聴いた回数と換言できない再生回数を稼がなければ達成できない内容であった。*1

 

このようなキャンペーン内容を容認していることが、LINE MUSICがファンダム過熱対策を設けていない(それどころかファンダム過熱を推奨している)と推測できる所以である。

 

「CARNAVAL」はキャンペーン期間中にストリーミングチャートで自身初の週間TOP10入りを果たし、累計1,000万再生を突破した。しかしキャンペーン期間が終了すると一気に100位圏外へ急落した。

 

こうして再生回数目標のリミッターが解除されたことで、ファンダム過熱のチャートに対する影響力は、それだけで週間TOP10にランクイン可能なレベルに拡大した。

 

しかし週間1位に影響するレベルにまでは本格的に及んでおらず、2021年下半期末時点では、ファンダムの過熱を主因としたストリーミングチャート週間1位はBE:FIRST「Gifted.」が1週記録したのみであった。「Gifted.」の1位獲得によりチャート設計方法の議論をキックオフするトリガーは引かれたものの、まだ重要性が高い問題とはなっていなかった。

 

なお「Gifted.」の週間1位獲得の経緯に関しては以下記事内で詳述している。

 

billion-hits.hatenablog.com

 

2022年上半期

 

INI「CALL 119」独走

 

しかし2022年第2四半期になると状況は一気に深刻化の様相を呈し始めた。3/30公開週より、INI「CALL 119」がファンダム過熱を主因としてストリーミング週間1位を独走したのである。「CALL 119」は市場シェアが高いとされるSpotifyApple music、Amazon musicにおいてほぼ常時200位圏外だったにも拘らず、ファンダム過熱対策を採っていないとされるLINE MUSICAWAにおけるファンダム大量再生で週間1位を3週連続で獲得した。

 

以下に「CALL 119」及び同時期のストリーミングチャート上位進出曲の、Billboard JAPAN集計全体再生数に占めるSpotifyの割合推移を示す。見てのとおり「CALL 119」はSpotifyではほぼ常時200位圏外でありSpotify割合計測不能。1%前後に過ぎないと推測され、これは他の上位曲が20%前後で推移していることと比べ明らかに異質であった。

 

 

特にAWAに関しては市場シェアが低く、その規模はYOASOBI「夜に駆ける」、BTS「Dynamite」、優里「ドライフラワーといった特大ヒット曲ですらAWA内の再生回数が1,000万前後にしかなっていないほどである。その中で「CALL 119」は配信から僅か2ヶ月少々で合計4,000万再生を超えるほどのファンダム過熱を示した。(6月7日時点)

 

Billboard JAPAN、ファンダム過熱対策第一弾を導入

 

この事態を受け、Billboard JAPANは4/20公開週チャートよりファンダム過熱対策第一弾を導入した。その内容は以下のとおりアナウンスされている。

 

 

『一部サービス』は具体的に名指しされていないが、上記を踏まえればこれはAWAを念頭に置いているものと推測される。AWAに関しては市場シェアが低いため、『実再生回数』ではなく『市場シェアを鑑みた計算係数』に置き換えても、網羅的集計体制に大きな影響は生じないと考えられる。

 

この措置により、Billboard JAPANのストリーミングチャートにおける「CALL 119」の独走には終止符が打たれた。他方で本措置未導入のオリコンのストリーミングランキングでは「CALL 119」の週間1位が継続した。両チャートを比較することで本措置の有効性を確認することができた。

 

めいちゃん「ラナ」独走

 

しかしこの措置ではAWAのみが対象であり、LINE MUSICに対しては特段の措置が講じられていなかったと見られる。5/11公開週からは、LINE MUSICキャンペーンで最上特典獲得ノルマとして2,525回の再生を掲げためいちゃん「ラナ」がストリーミング週間1位を独走する事態となった。

 

www.universal-music.co.jp

 

本曲も、市場シェアが高いとされるSpotifyApple music、Amazon musicにおいてはほぼ常時200位圏外であった。

 

 

Billboard JAPAN、ファンダム過熱対策第二弾を導入

 

この事態を受け、Billboard JAPANは5/11公開週よりファンダム過熱対策第二弾を導入した。その内容は以下のとおりアナウンスされている。

 

 

 

しかしこの措置は極めて複雑性が高く、且つ有効性にも疑問符がつくものであった。問題は、係数適用(キャンペーンで得た数字の抑制)のタイミングをストリーミングチャート集計時ではなく、Hot 100合算時としたことである。

 

この措置によって、確かにHot 100における「ラナ」の順位は、そのまま集計していればTOP10入りが確定的だったところ、50位前後にまで大きく引き下げられた。しかし肝心のストリーミングチャートでは「ラナ」が週間1位として報道されたのである。これでは、本記事冒頭で述べた問題点が解決しているとは言えなかった。

 

この措置に対しての疑問をBillboard JAPANに問い合わせたところ、以下のとおり二度に渡って丁寧な返信を頂いた。それを意訳すれば、「LINE MUSICは市場シェアが高いため、網羅的集計精度が損なわれる懸念から対AWAのような措置ではなく本措置を適用した」とのことであった。

 

(問い合わせ内容↓)

 

(返信①↓)

 

(返信②↓)

 

この説明により、本措置の背景思想は理解できたものの、本記事で提起した問題が解決していないことには変わりはない。少なくとも、Billboard JAPANによるこの措置と判断から、今後も「ストリーミングチャート週間1位獲得曲が必ず高人気楽曲であるとは限らない」状況が継続することが濃厚となった。

 

解決案の提示

 

Billboard JAPANからの返信に対して、私からは回答への感謝とともに更なる提案を以下のとおり返信した。

 

 

ここで提示したBillboard JAPAN HOT CONTACT SONGに関してはChart Insight右のハイブリッド指標で該当チャートを選択することで結果を確認できる。

 

見ていただければ分かるが、このチャートはほぼ全週で高人気楽曲が週間1位となっており、楽曲人気指標としては非常に有用である。ストリーミングチャート週間1位もHot 100週間1位も高人気楽曲かどうか分からないという状況においては重宝できる。

 

もちろんHot 100のCD偏重問題とストリーミングチャートのファンダム過熱問題の解決と対策案のブラッシュアップを図ることが第一であり、その具体的方策案はこれまで述べてきたとおりだが、それが果たされるまでの暫定対応としてはHOT CONTACT SONGに注目することがお勧めである。

 

まとめ

 

以上まで、ストリーミングチャートに存在する問題について取り上げてきたが、決してストリーミングチャートが楽曲人気指標の機能を完全に失ったわけではないことは誤解しないでほしい点である。依然としてストリーミングは現代の音楽の聴き方の主流であり、楽曲人気を主因とした週間1位も多い。問題が引き返せない規模にまで拡大する前の警鐘として本記事を位置づけていただければ幸いである。

 

楽曲人気チャートの需要の高さと必要性は当ブログでこれまで何度も述べてきたとおりである。「必ず楽曲人気で週間1位が決まる、集計網羅性・知名度・権威を有する音楽チャート」が存在しないことは日本音楽業界にとって損失である。HOT CONTACT SONGの知名度向上や、CD偏重問題対策、ファンダム過熱問題対策の適切なアップグレードが今後も進むことを祈るばかりである。

 

(2022.12.31追記)その後、Billboard JAPANによって業界内外にこの動向に対する警鐘が積極的に鳴らされた結果、LINE MUSICやAWAが自ら再生回数カウント方法を改善し、この問題は完全解決を迎えた。詳細は以下記事で解説している。

billion-hits.hatenablog.com

 

*1:例えば30秒で1再生とカウントされることを利用して30秒ごとに巻き戻して繰り返し再生する方法や、複数端末で再生する方法。