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日本音楽ヒットチャートのCD偏重問題 ~2021年第4四半期時点の状況と解決案~

この記事では、2006年以降15年以上もの期間に渡って継続している「日本音楽チャートのCD偏重問題」2021年第4四半期時点の現状を整理し解決案を示す。

 

「日本音楽チャートのCD偏重問題」の内容や歴史に関しては以下記事で詳述している。

 

billion-hits.hatenablog.com

 

 

 

現状の確認

 

2021年第4四半期時点で、日本国内で最も楽曲人気指標としての機能性・知名度・権威を有している音楽チャートはBillboard JAPAN Hot 100である。上の記事で詳述したとおり、CD偏重問題改善への歩みを進めてきたビルボードは、楽曲人気に関係しない要因で高CD売上を稼ぐだけでは年間TOP10内に進出できないチャート設計を2019年までに確立した。

 

しかし音楽チャートで結果が注目される箇所は年間チャートだけではない。毎週発表される週間チャートも重要である。特に週間1位獲得曲は必ず結果発表の記事の見出しに表示されるため、週間1位が適切な結果となっていることは必須である。

 

週間1位獲得曲はこの形で個別にスポットを当ててもらえる機会を得ている。集団の中の一部としてしかスポットが当てられず個別に取り上げられることがほぼない年間11位以下よりも余程重要なポジションが週間1位なのである。

 

2021年第4四半期現在、ビルボードはこの週間チャート設計においてCD偏重問題が残存しており、週間1位が「年間上位に進出しない高CD売上曲」に占拠される状況が続いている。

 

以下は11/17公開週時点の2021年の年間暫定順位予想TOP30である。このうち赤枠で囲った「TOP20ランクイン曲の集計期間中の週間1位獲得週数」に注目してほしい。

 

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2021年の週間TOP3結果変遷表は以下のとおり。このうち年間暫定順位予想TOP20圏内にいる楽曲は背景を塗色している。

 

  • 上半期

 

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  • 下半期

 

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ご覧のとおり、現時点で予測される「年間TOP20ランクイン曲の週間1位獲得週数」は僅か10週にしかならない。

 

理論上、年間TOP20ランクイン曲が全曲1週ずつ週間1位を獲得した場合、「年間TOP20ランクイン曲の週間1位獲得週数」は20週となるはずである。これが適正水準の目安となる。もし20週を下回っている場合は、年間上位に進出していない曲による週間1位獲得という結果が不適切と言える程に多すぎることを示しているが、2021年は適正水準目安に大きく届かず半分にしか満たないことが予想されている。

 

ザ・ベストテンや1990年から2005年にかけてのオリコンシングルランキングでこの指標が20週を下回った年は存在しない。上述したとおり週間1位と年間上位の面子の乖離は年間上位進出曲に個別的かつタイムリーに光が当たっていないことを指す。楽曲の大人気に相応しい扱いを受けていないというのはあってはならない話である。

 

定性的に言っても、暫定年間1位の優里「ドライフラワーや同2位のBTS「Dynamite」、さらに2021年のBillboard JAPAN Top Artists年間1位候補のYOASOBIが2021年に配信した多数のヒット曲など、大人気曲が週間1位を全く獲得できていない状況は歪そのものである。

 

ただしBillboard JAPAN Hot 100はこの状況に対し何もしていなかったわけではない。以下のとおり第3四半期集計期間からはCD換算率を、第4四半期集計期間からはルックアップ換算率を引き下げたことをアナウンスしている。

 

 

 

両者の具体的な換算率変更幅は非公表だが、CDに関しては以下記事で変更幅を推測している。

 

billion-hits.hatenablog.com

 

ルックアップに関しては、手元試算では以前の約1/10ほどにまでドラスティックに換算率が引き下げられたと見ている。例えばKing & Princeのルックアップ係数変更前と後に発売された楽曲を比較した表を以下に示すと、手元推定ルックアップ加点は変更前の9,700点から1,000点にまで下がっている(ちなみにそれでも尚大差で週間総合1位を獲得できているため、この変更はそれまでの高過ぎた換算率を是正したものと言える)。

 

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気になるのは、この二指標のチャート設計変更がもし2021年の第1四半期から適用されていた場合、週間1位結果はどう変わっていたのかということである。そこで、第1四半期から第3四半期までの集計期間内に発売された高CD売上曲の獲得総合ポイントを、以下の方法で係数変更後の予想ポイントに置換することでシミュレーションを行った。

 

  • CD指標:係数変更後の各曲のCD売上と換算ポイントの関係性を基に、係数変更後の換算ポイントを推測し置換
  • ルックアップ指標:手元推定獲得ポイントを1/10に引き下げ

 

シミュレーション結果は以下のとおりである。年間暫定TOP20内にランクインしている曲は背景を黄色に塗色している。それ以外の楽曲でも、シミュレーション後に週間1位結果が変わった後の曲に関しては背景を橙色に塗色している。

 

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シミュレーション結果における年間TOP20ランクイン曲の1位獲得週数予測は23週。見事に適正水準目安となる20週を上回っている。つまり従来環境のままであればBillboard JAPANが実施した二指標の係数変更によって、週間チャートにおけるCD偏重問題も解決し、これにてCD偏重問題完全解決となっていたのである。

 

しかし2021年第4四半期は予想外の環境変化が起きた。ストリーミング上位曲の再生数水準が低下したのである。その模様は以下記事を見れば一目瞭然である。

 

ja.wikipedia.org

 

この原因を安易に「たまたま特大人気曲が出なかったから」と結論づけることは危険である。もともとストリーミングサービスは、人気曲に再生数が過度に集中し一部の限られた人気アーティストに収益配分が偏っていることが世界的な課題として挙げられており、今まさに各国では収益配分方法の見直しが議論されている。

 

www.musically.jp

 

同時にプレイリスト選曲等のアルゴリズムの見直しも進められている。例えばSpotifyDiscover Weeklyは、有名ではないマイナーな楽曲もリスナーごとにアルゴリズムでお勧め曲としてピックアップしてくれるプレイリストとして有名である。こうしたディスカバリー機能が発達した結果、日本より先にストリーミングが普及していたアメリカでは、2018年に上位人気曲の再生数が前年比で大きく減少するという現象が発生した。

 

BuzzAngle/Alphaのデータによると、アメリカのストリーミング市場における上位50曲の総再生回数は、去年1年間で合計37億回となっている。2017年にはその数字が147億回であったことを踏まえると、2018年にはそれが約4分の1にまで減少していることがわかる。

rollingstonejapan.com

 

日本においてもストリーミングサービス新規加入者は2021年以降も伸び続ける予測となっており、伸びに疑義が生じるようなデータも今のところ出てきていない。そのため上位曲の再生数減少はアルゴリズムの見直しが影響している可能性がある。何れにしても、引き続きストリーミングが主要な音楽の聴き方の一つになっていることに疑いはないのである。

 

creatorzine.jp

 

それならば、ストリーミング上位曲が再生数水準の低下で総合1位を獲得できなくなるというのはおかしな話である。しかし実際にはその現象が発生してしまっている。以下にBillboard JAPAN Hot 100の2021年下半期チャート暫定順位予想TOP20を示す。「ランクイン曲の下半期集計期間中の週間1位獲得週数」を赤枠で囲っている。

 

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「TOP10ランクイン曲の下半期集計期間中の週間1位獲得週数」は僅か6週。この場合の適正水準である10週を下回っている。残りの集計期間は2週しかないので、適正水準に届かないことはほぼ確定している。

 

続いて第4四半期チャート暫定順位予想TOP20を示す。「ランクイン曲の第4四半期集計期間中の週間1位獲得週数」を赤枠で囲っている。

 

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こちらになるともっと悲惨な状況になる。なんとback number「水平線」を筆頭とするTOP10ランクイン曲は1曲も週間1位を獲得していない。ストリーミングを中心に大人気を示している上位進出曲は全く週間1位を獲得できていない。

 

2021年第4四半期の週間1位獲得曲一覧と、その曲の1位獲得指標は以下のとおり。ここまでの11週のうち9週がCD売上指標1位の楽曲による総合1位であり、配信指標1位の楽曲による総合1位は僅か2週しかない。

 

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以上までの表を見れば、「年間上位に進出していない高CD売上曲」が「年間上位に進出している大人気曲」を抑え週間1位となる結果が不適切と言えるほどに多すぎることが一目瞭然である。週間1位のCD偏重問題は、係数変更を経た2021年第4四半期時点でも尚、未解決なのである。

 

解決案の提示

 

CD売上指標はアーティスト人気の濃度を計る指標としては有用である。ヒットチャートは楽曲人気とアーティスト人気の掛け合わせで構成されるものでもあり、後者の成分が前者の可視化を阻害しない範囲で構成要素に含まれることは否定されない。ここではCDも重視すべきとする意見との妥協点を見出していきたい。

 

この解決方法はゴールシークで考える。要は第4四半期チャート上位曲が一定週数適切に週間1位を獲得できていれば良いので、まずはそのために必要な週間1位結果(ゴール)を見出す。

 

具体的には、各週上位となった高CD売上曲の総合ポイントを全曲一律で引き下げ続けていく。週間2位以下の楽曲のポイントを下回った場合は順位を入れ替える。引き下げは「第4四半期TOP5ランクイン見込曲の週間1位獲得週数」が3週となった段階でストップする。適正水準の5週より2週少ない3週としたのは、残り2週の集計期間で該当週が出現する可能性も0ではないためである。

 

この方法で得られる週間1位結果は以下のとおり。第4四半期TOP5ランクイン見込曲は背景を黄色に塗色している。それ以外の曲でも、週間1位が変わった場合は変更後の曲を橙色に塗色している。

 

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次に、この結果を実現するために必要なチャート設計変更方法を考える。配信指標に関しては、当ブログ記事「ヒット曲」の定義を踏まえて、指標間の関係性を「1ダウンロード=300ストリーミング=300MV再生」で固定する。CD指標の換算率引き下げに関しては、CD売上チャート下位でのロングヒットも重視すべきとする意見も踏まえ、「CD売上が多すぎる場合に適用される係数処理の適用ボーダーライン引き下げ」という手法に限定した。そのうえで毎週の週間1位の総合ポイント水準が1万点近くとなるように、CD換算率引き下げと配信換算率引き上げの幅をゴールシークで調整した。

 

なお既存設計では大雑把に1ダウンロード=200ストリーミングで、かつMVはストリーミングよりも若干換算率が低い。よってこの変更により、配信3指標間での相対的な見方ではダウンロードとMVの換算率が上がりストリーミングが下がっている。ストリーミング指標は2021年11月以降「LINE MUSICにおけるファンダムの過熱」という楽曲人気に関係しない要因の影響力が増しているので、この3指標間の相対的なストリーミングの影響力を下げることに違和感はない。

 

また、CD、ダウンロード、ストリーミング、MV以外の指標の獲得ポイントに手は加えない。

 

その結果、CDの係数処理適用ボーダーは5万枚に引き下げられた(5万枚までのCD換算率は変更していない)。配信指標と併せて各指標の計算式をまとめると以下のとおり。

 

  • CD5万枚以上の場合の総合ポイント換算式:50,000×7.5%+('該当曲のCD売上枚数'-50,000)×0.75%
  • 配信指標の総合ポイント換算式:DL売上×21.6%、ストリーミング・MV再生数×0.072%

 

この設定変更を適用すれば、第4四半期の週間1位変遷は上表の姿となる。楽曲毎の順位とポイントのイメージは、例えばback number「水平線」が以下のとおりとなる。

 

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また、実際に週間1位を獲得した曲の順位とポイントがどう変わったかは以下のとおりとなる。

 

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以下よりこのシミュレーション結果の妥当性を定性的側面からも確認する。

 

SKE48「あの頃の君を見つけた」はこのシミュレーションにより週間1位から一転して週間TOP10圏外となっており、一見すると調整幅がドラスティック過ぎるのではないかと思われるかもしれない。しかし本曲はCD以外の指標の加点が殆ど無い。8指標で構成される総合チャートが、1指標の突出した加点だけで総合TOP10どころか総合1位が獲得可能だったこれまでの設計がおかしな話だったのである。しかも本曲の週間CD売上23万枚は11/17公開週時点の第4四半期集計期間中CD指標1位獲得曲の平均売上38万枚を下回っており、この中で相対的に見れば少ない方である。よってこの結果は「CD売上も決して多くなく、かつCD以外の7指標の結果が伴っていないため」として定性的説明が可能である。これはビルボードが複数指標で構成される総合チャートであることを改めて認識する良い機会である。

 

現に、CDだけでなくルックアップでも1位を獲得しているKAT-TUNKis-My-Ft2、King & Princeの楽曲は、1位でこそなくなるものの、TOP10内には引き続きランクインできている。特にKing & Prince「恋降る月夜に君想ふ」はシミュレーション上「水平線」とは非常に僅差で総合2位という結果になっている。配信解禁さえすれば総合1位獲得が可能なチャート設計である。

 

乃木坂46、櫻坂46、日向坂46に関しては本調整を経ても引き続き総合1位が獲得可能なシミュレーション結果になっている。これは3組がCDだけではなく配信指標でもLINE MUSICキャンペーン等で一定の成果を出しているためである。

 

その3組を上回る総合ポイントとなっているのがLiSA「明け星」、BE:FIRST「Gifted.」である。この2曲は配信指標での高得点が大きく寄与している。

 

別の視点からもこの設計変更案の妥当性を確認する。上表に「実際の第4四半期集計期間中の週間1位獲得曲の翌週順位」を追記した。

 

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本案では「週間1位獲得の翌週TOP20圏外に急落した曲」に該当する高CD売上曲の週間1位が全て別の曲に置き換わっており、置換後の楽曲は翌週も高順位を保っている。一方で、週間1位の翌週もTOP20圏内に残っている6曲は引き続き週間1位獲得が可能なチャート設計になっている。

 

以下は2000年代後半のオリコンチャート分析ブログ「うっきーのチャートチェック」の記事だが、2006年初頭に「3週連続で週間1位獲得曲が翌週TOP10圏外に急落」したことを異常事態と表記し、更に2005年以前はそのような事例が殆どなかったことを示している。

 

ukki-monkey2.seesaa.net

 

以前は数曲発生しただけでも異常事態とされていた「週間1位獲得曲の翌週TOP10圏外への急落」は今のBillboard JAPAN Hot 100では大量発生しており、この現象からもCD偏重問題が読み取れるが、この事態が改善されることも、本案の妥当性を後押しするものになっている。

 

なお本記事はここで例示した曲を歌うアーティストやCDという存在そのものを批判するものではない。あくまでもチャート設計への批判である。どのようなチャート上位進出方法を採ろうともそれは各アーティストの自由である。それをどうチャートに反映するかが問題なのである。

 

まとめ

 

以上までで具体的な変更案を詳述してきたが、最も大事なことは「あるべき週間1位の姿(年間上位進出曲が適正水準以上に週間1位を獲得している姿)の実現」である。そこに辿り着くならどのような設計変更方法でも良いので、私としても本具体案に拘るつもりは全くない。とにかく直近四半期実績の週間1位結果が「あるべき姿」になるようチャート設計をゴールシークすれば良いのである。難しい話ではない。

 

四半期毎に週間1位の適切性を確認していれば、光が当たらずに終わる人気曲も多くは発生しないはずであり、かつ「いつの間にか年間チャートにまで楽曲人気指標としての機能不全が及んでいた」ということにもなりにくい。既に年間チャートが楽曲人気指標として適切な結果になっている今、週間チャート設計の改革への道は開けている。

 

なお2021年第4四半期は、既存のCD偏重問題に加えて「LINE MUSICでのファンダムの過熱」という楽曲人気に関係しないチャート上昇要因の影響力が拡大したため、新たに議論が必要な状況となった。これは逆に言えば、CD換算率引き下げを実施しない場合、問題の所在がCDとLINE MUSICの二つとなり、問題が複雑化する懸念がある。喫緊の課題となっているCD偏重が解決されれば、LINE MUSIC問題も腰を据えて検討することが可能であり、併せてストリーミング指標特有の「同一曲のチャート上位滞在期間長期化」を踏まえたリカレントルール導入の是非等の議論も進めていくことが可能となる。

 

CD偏重問題はBillboard JAPAN誕生前のオリコン時代の2006年に発生してから15年が経過している。15年という時間は人の一生のかなりの割合を占める。この間、数多くの人気楽曲が適切に光を当てられないまま人気のピークを終えていった。アーティストにとって自分の楽曲に光が当たるか否かは死活問題である。アーティストの人生を左右しかねないほどこの問題が長きに渡り継続していることを認識できれば、問題改善の猶予がもうとっくの昔に無くなっていることも理解できるはずである。つまりBillboard JAPANが週間チャート設計の改善を2022年度年間チャート集計期間初週から現状を踏まえて速やかに実行するかどうかは、未来の行方を左右しかねないほどの大変重要な分岐点となり得るのである。

 

(2022.12.31追記)その後、順調にBillboard JAPANによって改善が実行されていった結果、2022年に週間1位のCD偏重問題は解決を迎えた。詳細は以下記事で解説している。

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