Billion Hits!

フル配信ダウンロード売上、MV再生回数、ストリーミング再生回数、Billboard JAPANランキングデータなどを通じて国内の人気楽曲を把握するブログ

「ヒット曲」の定義

この記事では音楽の「ヒット」の定義を考える。

  

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なぜ「ヒット」の定義が必要か

 

Wikipediaにおいて「ヒット」は次のように説明されている。

 

映画、テレビ番組、ポピュラー音楽、その他商品などにおいて、人気が出て「大当たり」することや「売れる」こと。ブレイク。

  

更に「ヒット曲」のページの概要は下記のとおりとなっている。

 

ヒット曲(ヒットきょく)とは、ポピュラー音楽の分野においてレコードやCDの売上等のヒットチャートで、ある程度のヒットを記録した曲のこと。順位において何位以内に入ればヒットしたといえるか、CD売上枚数が何枚に達する必要があるかなどの基準は明確ではない。

  

ここで重要なのは、「基準は明確ではない」と説明されているとおり、事実上「ヒット」の公式な定義が存在しないことである。

 

それでも、ある程度「ヒット」を計る指標が浸透していれば大まかなコンセンサスは形成される。CD市場が全盛期を迎えていた1990年代は、CD売上100万枚以上を記録した作品がミリオンセラーと呼ばれ、大ヒットの基準として認識されていた。

 

しかし、2000年代に入るとCD市場が縮小し、CDミリオンセラーが急減した。代わって配信ダウンロード市場が拡大を始め、100万ダウンロードを記録する曲が数多く誕生するようになったが、ダウンロードミリオンは大ヒットの基準として浸透しなかった。この要因としては、CD売上の集計で有名なオリコンがダウンロード売上の集計を一向に開始せず、CD売上だけのチャートをヒットチャートとして提示し続けたことが挙げられる。

 

そのCD売上チャートも、一人に複数枚購入させる商法が普及したことにより、それまでのように売上枚数を購入人数に読み換えることができなくなり、流行の指標として使用することが不可能になった。

 

こうして売上と人気に相関関係がなくなる中、オリコンが売上を重視したチャート設計を維持したことから、日本国内から総合楽曲人気チャートが消滅した。この事態は2006年に生じて以降、Billboard JAPAN Hot 100が新時代の楽曲人気指標として必要なチャート設計を整えた2017年まで約10年に渡り継続した。この長きに渡る楽曲人気チャートの不在により、ヒット認識のコンセンサスも消滅した。

 

大まかなコンセンサスすら存在しないという状況は、「今どの曲が人気なのか」という流行の適切な理解を阻害するものである。これでは売り手は「楽曲需要の利益への変換」を最大化できないので音楽業界にとっては損失である。リスナーも流行の体感と一致しないCD売上チャートや音楽賞レースばかり見せられることで不信感が募り、最新音楽へ興味を持つ機会が減少してしまう。「ヒット」のコンセンサスがなくなることによる悪影響は放置できない。

 

特にヒット認識の齟齬になり得る要因が、2000年代以降に進んだ「売上」と「楽曲人気」の乖離である。ビジネス上はダウンロードではなくCDを大量販売することが今でも最も利益になることは間違いない。一方でCD売上の情報は楽曲人気が知りたい層にとっては今や何ら価値を持たず、むしろCDよりも利益率が低いダウンロード売上やストリーミング再生数の方が重要な情報である。

 

こうして「ヒット」を「売上」の意味で用いる層と、「楽曲人気」の意味で用いる層が混在する状況となった。よって、まずは「ヒット」をどちらの意味で使用するのか何よりも重要である。それにより、例えばAKB4837作連続ミリオンヒットなのか365日の紙飛行機を最後にヒット曲がないのか、といった具合に論調が180℃変わってくる。ヒットの意味が異なる二者同士でヒットの話をしても、永遠に議論は噛み合わない。何の生産性もない不毛な時間が過ぎるだけである。

 

当ブログでは一貫して「楽曲人気」の「ヒット」に関連するデータを取り上げている。

 

指標ごとの「ヒット」のボーダーライン

 

次に考えるべきは、「どの指標でどれだけの数値を記録したらヒットと言えるのか」である。先に結論を言うと以下の一覧早見表のとおりとなる。

 

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この表は横軸で見ることで各指標の換算率も表している。ここでは2022年以降、フル配信10万ダウンロードストリーミング5,000万再生等価ヒットとし、以降もこの比率に合わせて換算率を設定している。

 

この換算率の判断の根拠は日本レコード協会RIAJ)の認定制度である。RIAJでは、各市場における売上や再生数が一定の数値を超えた作品に対して、その規模に応じた認定を賞として授与している。この認定の各指標の下限値がCD10万枚、フル配信10万ダウンロード、着うた50万ダウンロード、ストリーミング5,000万再生なのである。

 

www.riaj.or.jp

 

つまりこの下限値を超えない限り認定が授与されないので、この下限値に達していない作品をヒットと言うことは難しい。逆に、わざわざRIAJが労力を割いて認定を授与している作品をヒットしていないと言うことはRIAJの業務を否定することになる。CDシングルは例外とせざるを得ないが、それ以外の指標は基本的にこのRIAJ認定のボーダーラインを超えた曲をヒットと言うことになる。

 

続けて指標別に詳細に見ていく。

 

CD

 

2003年6月まで

 

CD市場は80年代後半から普及し始め、90年代に全盛期を迎えた。それに合わせて、RIAJでは1989年からゴールドディスク認定制度をスタートさせている。これはCDの出荷枚数で一定の数値を超えた作品に対して授与される賞である。

 

2003年6月まではこの認定の基準はジャンルに応じて細分化されており、その下限値は邦楽CD20万枚洋楽アルバム10万枚洋楽シングル5万枚であった。

 

2003年7月-2010年

 

2003年7月以降は全ジャンルで認定基準が統一され、その下限値は10万枚となった。したがって、2003年以降のCD指標は10万枚がヒットしているか否かのボーダーラインとなる。

 

ただしこの認定は出荷枚数をベースとしており、売上枚数ではないことに注意が必要である。つまり、例え50万枚出荷したが40万枚売れ残り10万枚しか売れなかった作品でも認定数は50万となる。このことからも分かるとおり、出荷よりも売上の方がヒット指標としては適している。

 

幸い日本には、古くからCDの売上枚数を集計しているオリコンという知名度と権威を有した情報サービス会社が存在する。その枚数のデータは有料コンテンツではあるが、万単位で丸められた数字は多くの場面で引用されており、大ヒット作品の売上枚数はしばしばオリコンのデータが言及されている。

 

したがって、CD指標におけるヒットのボーダーラインはRIAJ認定が参考となるが、各作品の数字はオリコンの売上枚数を用いることが相応しい。

 

(2003年から2010年までの集計期間における最大CD売上作品はコブクロ『ALL SINGLES BEST』。収録曲中最大売上曲は「桜」↓)


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2011年以降

 

しかし、CD売上をヒット指標として使用できたのは2010年までの話である。

 

2011年以降は、既述のとおり一人に複数枚購入させる商法が普及したことで、その商法を大規模に展開できる一部の限られたアーティストの作品でチャート上位が埋まる状況がスタンダードとなった。この結果は楽曲人気に全く相関しない原因によるものである。

 

この「特定アーティストによる年間チャート上位の過度な独占」は、その指標が楽曲人気指標として使用できなくなったと判断する根拠となる重要なサインである。楽曲人気指標とされる年間チャートは多様なアーティストの楽曲によって彩られているはずであり、もし前例のない偏りが生じた場合は、楽曲人気に関係しない要因の影響力が看過できないほどに増していることを疑わなければならない。

 

1980年代までの楽曲人気指標だった人気TV番組ザ・ベストテンの年間ランキングでは、細川たかしが1982年に北酒場、1983年に矢切の渡し2年連続年間1位を獲得したが、1位から順に見た年間チャートの連続的な独占の規模としてはこれが最大であった。

 

1990年から2005年までのオリコン年間シングルランキングにおいては、特定アーティストが2年連続年間1位や年間TOP2独占を果たした例は存在しない。1989年以前では、ピンク・レディーが1977年に渚のシンドバッド年間1位、翌1978年に「UFO」「サウスポー」「モンスター」の順に年間TOP3した例が1位から順に見た年間チャートの連続的な独占の規模としては最大である。

 

このピンク・レディーの例では連続する2年間の年間TOP3が1位から順に4枠埋まったことになる。つまり、前例から言えば、楽曲人気チャートとして生じ得る年間チャートの連続的上位独占は1位から順に最大4枠ということになる。

 

ところが、2000年代後半以降のオリコンシングルチャートではこれを上回る規模の独占が常態化した。まずが2008年に『truth/風の向こうへ』「One Love」年間TOP2を独占、翌2009年に「Believe」『明日の記憶/Crazy Moon~キミ・ハ・ムテキ~』「マイガール年間TOP3を独占した。ピンク・レディーを上回る5枠を独占したことになる。

 

嵐の場合はアーティスト人気の増大に加えて、配信未解禁とすることによるCDへの売上集中複数種販売等よって、CD売上チャートにおける優位性を獲得した結果によるものであった。特に後ろの二点は楽曲人気をフラットに計ることを困難にする売上増加要因である。

 

 

(嵐の楽曲人気動向に関しては以下記事でまとめている↓)

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この異常事態の発生を以て、CDシングル売上の楽曲人気指標としての有用性は完全に消滅したと言えた。それは2010年以降も嵐による年間上位進出が継続したことで裏付けられた。加えて、AKB48が所謂AKB商法を確立したことにより、楽曲人気に関係なく常時CDシングルミリオンセラーを出せる体制を整えた。2011年からはAKB48による年間上位独占が常態化した。

 

(AKB48の楽曲人気動向に関しては以下記事でまとめている↓)

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こうして楽曲人気を主因としてCD売上を増減させているアーティストの動向は商法実施曲によって下位に押し出され光を当てられなくなり、CD売上で楽曲人気を把握することは現実的に言っても不可能となった。CD売上は楽曲人気の高さではなくアーティスト人気の濃度を計る指標に変化したのである。

 

ここまでの話は以下記事でも詳細に説明している。

 

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なお、CD売上が楽曲人気指標として使用可能だった期間を2009年までではなくあえて2010年までとした理由は以下記事で説明している。

 

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また、CDアルバム売上に関してはシングルよりも楽曲人気指標としての有用性が衰退する速度が遅かった。CD限定発売手法を採り続ける芸能事務所SMILE-UP.所属アーティストの楽曲人気の把握は大変困難な状況になっているが、こうしたケースでは、アルバム売上のデータを頼りに人気曲を探っていくことが2023年までは可能となっていた*1。しかしアルバムチャートも2023年に特定勢力による年間上位過剰独占が生じたため、この年を以てやはり楽曲人気指標として活用することは不可能となった。こちらも詳細は以下記事で説明している。

 

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(アルバム売上歴代1位は宇多田ヒカル『First Love』。収録曲中最大売上曲は「Automatic」↓)


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ダウンロード

 

フル配信

 

縮小したCD市場に代わって普及した新たな市場がダウンロードである。ダウンロード売上は楽曲人気指標として注目される機会が適切に用意されなかったものの、実態としては2006年から約10年に渡って楽曲人気指標の主流に君臨していた。詳細は以下記事にまとめている。

 

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オリコンがダウンロード売上の集計を一向に開始しなかったため、時代網羅的なダウンロード売上データは2006年からスタートしたRIAJのダウンロード認定でしか確認できない。

 

フル配信ダウンロード売上の認定ボーダーラインはCDのゴールドディスク認定と全く同一で、認定下限値も10万ダウンロードである。このことから、CD売上1枚フル配信1ダウンロードはヒット指標として等価で扱うことが相応しい。

 

CDの方がダウンロードよりも売値や利益率が高いことは、ビジネス上は重要だが、楽曲人気や流行を考える上では一切関係のない話である。「CD売上1枚」も、「フル配信1ダウンロード」も、「1人」が「その表題曲のフル音源を購入した」ことに変わりはないからである。

 

音楽の楽しみ方は人それぞれなので、より高い金額を払った人の方がその曲をより好きになっているとは限らない。RIAJの認定基準がCDとフル配信で同一となっていることからしても、楽曲人気の広がりを考える上では、フル配信1ダウンロードはCD売上1枚と等価で扱って然るべきである。

 

(フル配信売上歴代1位は400万ダウンロードを記録したGReeeeN「キセキ」↓)


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着うた

 

ただし、着うたのダウンロード売上となると話は別である。着うたとは、ガラケー市場が全盛期を迎えていた2000年代中盤に配信市場の主役となっていた楽曲販売方法で、その方法は楽曲をイントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、大サビといった具合に切り分け、そのパートごとに手頃な価格で携帯電話の着信音として販売するというものであった。

 

こうして稼がれた「着うた1ダウンロード」は、「1人」が「表題曲のフル音源を購入した」ことを意味しない。切り売りの着うたは1人で1曲の全パートを買いそろえることもあり得るので、そのダウンロード数は表題曲の購入者数に変換することができない。したがって、着うた1ダウンロードはCD売上1枚やフル配信1ダウンロードとは同じ意味を持たず、それらよりも価値が低い。

 

それを裏付けるように、RIAJのダウンロード認定では、着うたのみ認定下限値50万ダウンロードに設定されている。このことから、着うた売上は50万ダウンロードを超えないとヒットとは言えず、10万が認定下限値となっているCDやフル配信ダウンロードの1/5の価値しかないと見られていることが読み取れる。

 

2000年代後半には、着うたとフル配信の売上を単純合計したダウンロード売上がヒットの宣伝文句として飛び交っていたが、その結果として700万~800万ダウンロードといった現実味のない数字となってしまい、これもダウンロード売上がヒット指標として軽視される要因となってしまった。ダウンロード売上をチェックする際は、着うたフル配信の売上を別々に考えることが非常に重要である。

 

着うたの歴代ランキングは以下記事にまとめている。

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(着うた売上歴代1位は400万ダウンロードを記録したオゾン「恋のマイアヒ↓)


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MV・ストリーミング

 

結局ダウンロード売上は楽曲人気指標として不適切に軽視され続け、2010年代に入りスマートフォンが普及し着うた市場が消滅すると市場は縮小の一途を辿った。代わって台頭した新たな音楽の聴き方がストリーミングである。日本ではまずYouTubeが2010年代中盤より普及し、2010年代終盤になるとSpotifyなど多くの定額制音楽配信サービスが普及するようになった。それぞれの詳細データは以下記事にまとめている。

 

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ストリーミングとは、オンライン上の音源にアクセスして音楽を聴くという方法である。それまでは、CDやダウンロードにより楽曲を購入し、オフラインの手元で聴いて楽しむスタイルが主流だったが、この方法の普及により、楽曲が何回アクセスされ、再生されているかがオンライン上のデータに表れるようになった。

 

よって、この指標はCDやダウンロードとは桁が異なる。ストリーミングは「1人が気に入った曲を何度も再生する」ことが大前提となっているからである。気に入った曲ならば、ストリーミングで1回しか再生しないということはあり得ない。曲によっては1人100回、あるいは1,000回以上再生されることも大いにあり得る。

 

CDやダウンロード売上指標では、楽曲を購入したタイミングしか捕捉できず、その後何回再生されたのか、あるいは握手券だけ抜き取りCDは一度も再生されなかったのか、といった購入後の動向は捕捉できなかった。しかし楽曲を再生するごとに数字が加算されるストリーミング指標では、瞬発的な人気だけでなく継続的な人気も反映させることができる。

 

では、どれだけ再生されれば「ヒット」と呼べるのだろうか。

 

2021年まで

 

RIAJでは2020年よりストリーミング認定を発足させた。その基準によると、認定下限値は3,000万再生となっていた。よって各指標の認定下限値を踏まえれば、ストリーミング3,000万再生フル配信10万ダウンロード等価だった。

 

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この比率をそのまま拡大させると、従来大ヒット基準とされていたCDミリオン及びフル配信ダウンロードミリオン等価になるストリーミング再生数は、3億再生ということになっていた。

 

2022年以降

 

2022年以降は、ストリーミング市場の拡大により、認定下限値である3,000万再生を突破した楽曲が続出したことを受けて、3,000万再生認定が廃止された。そのため、ストリーミング指標においては認定下限値が5,000万再生となり、これを超えない限り「ヒット」とは言えないこととなった。

 

www.riaj.or.jp

 

この比率をそのまま拡大させると、従来大ヒット基準とされていたCDミリオン及びフル配信ダウンロードミリオン等価になるストリーミング再生数は、5億再生ということになる。

 

しかし、ここで考えなければならないのがヒットのスパンである。つまり、1人が何度も再生することで数字が積み上がるストリーミング指標では、購入のタイミングしかカウントしないCDやダウンロードよりも、大台突破に長い時間が必要になることである。

 

現在のBillboard JAPANのストリーミングチャートの週間1位水準は1,000万再生前後である。つまり、大台の5億再生突破には、どれだけ高水準の動向を記録しても、1年は必要になる。発売から1年経過しないと大ヒットと呼べないというのは流石にナンセンスであり、速報性の欠片もない。

 

そこで、ストリーミングの大ヒット基準は数字を前倒しすることになる。その数字は、分かりやすさから言って1億再生が相応しい。Billboard JAPANでは楽曲が1億再生を達成したことを都度個別に記事にしているほか、RIAJ認定でも、1億再生突破のタイミングでプラチナ認定が授与される設計となっている。

 

「人気曲は何度も繰り返し再生される」というストリーミング指標の性質上、僅か10週で1億再生を突破するような曲は、将来的に5億再生も突破する可能性が非常に高い。それならば、1億再生を突破した段階で大ヒットと言う方が効率的であり、いたずらに体感の大ヒット認識との間のタイミングがズラされることもなくなる。

 

この基準を適用すると、例えば10年かけて1億再生を突破した曲も大ヒットと言うことになる。こういった曲は流石に将来的に5億再生に到達する可能性は低いので、CDミリオンやフル配信ダウンロードミリオンよりも価値が低いと言える。しかし所要日数に応じて大ヒットと呼ぶか呼ばないか扱いを変えるというのは面倒である。CDやダウンロード時代に比べ大ヒット判定が甘くなったと言えようとも、もう「ミリオン」は大ヒット指標の主役の座を降りている。今こそ新たな大ヒット認識基準を身につけるときである。

 

特大ヒット基準も同様の考えとしており、従来のダブルミリオンに相当する再生数は10億だが、RIAJ認定では5億再生突破のタイミングでダイヤモンド認定が用意されているので、ストリーミングの特大ヒットは5億以上と定義した。

 

(日本国内MV再生数歴代1位は8億再生を突破した米津玄師「Lemon」↓)


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(ストリーミング再生数歴代1位は10億再生を突破したYOASOBI「夜に駆ける」↓)


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ちなみに2022年には、特定アーティストのファンダムがLINE MUSICAWAなどのサブスクサービスを用いて、楽曲の視聴ではなく、特典の獲得や応援を目的とした大量再生を実施する動きが活発化した。このため一時はストリーミング再生回数の楽曲人気指標としての機能性の維持が危ぶまれたが、Billboard JAPANがこの動きに関し業界内外に向けて警鐘を発したことから、LINE MUSICやAWAが再生回数カウント方法を改良し、大事に至ることはなかった。この経緯は以下記事で詳述している。

 

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なお楽曲人気ではなくファンダム過熱を主因としたストリーミング1億再生突破INI「CALL 119」RIAJ認定において達成しているが、今のところこうした事例は1曲のみであり、判断の大勢に影響はない。

 

また、YouTubeにおいては楽曲人気ではなく広告による再生を主因としてMV1億再生を突破した事例(SixTONES「こっから」が該当)もあるが、今のところこうした事例は1曲のみであり、やはり判断の大勢に影響はない。

 

よって、一部注意すべき例外はあるが、ストリーミング再生回数を「楽曲を聴いた回数」と言い換えて楽曲人気指標として活用することに大きな支障はない

 

オリコンBillboard JAPANのチャート設計比較

 

以上の話をまとめると、楽曲人気を考える上で妥当な各指標換算式はCD売上1枚(ただし2011年以降の作品に関しては換算率を更に大きく引き下げる必要がある)=フル配信1ダウンロード=ストリーミング500再生ということになる。これを踏まえたうえで、オリコン合算ランキングBillboard JAPAN Hot 100がそれぞれ適用している各指標換算式を比較してみる。

 

オリコン

 

下記ページにて換算式が明示されている。

 

www.oricon.co.jp

 

これによればオリコン合算ランキングの各指標換算式はCD売上1枚=単曲フル配信2.5ダウンロード*2=ストリーミング300再生となる。

 

この式の問題点は2点存在する。

 

  • CD売上の換算率が高すぎる
  • DL売上の換算率が低すぎる

 

この問題点はあくまでもオリコンを楽曲人気指標として使おうとした場合に生じるものである。実態としてはオリコンは楽曲人気指標としての機能性をとっくの昔に捨て売上指標としての道を歩んでおり、その意味では最も利益率が高いCDの換算率を高く、利益率が低いDLの換算率を低くする方法は妥当性が高い。

 

しかしオリコンは売上指標として必要な説明(上位進出作品が実施しているCD大量販売商法の説明)を怠り、まるで楽曲人気の多寡によってランキングが決定されているとでも言うかのような説明で多くの楽曲の人気を過大小にミスリードし続けている。この問題が改善されない限り、この批判は継続的に展開せざるを得ない。

 

Billboard JAPAN

 

こちらの換算率は公式に開示されてはいないものの、Chart Insightなどから推測が可能となっており、そこから導いた大雑把な各指標換算式はCD売上1枚=フル配信1ダウンロード=ストリーミング200再生となっている(2022年度集計期間より適用)。こちらはオリコンが抱える問題点2点が改善された設計になっている。

 

また、今や何の商法も実施せずに一週間で5万枚以上のCD売上を記録できる作品は存在しないほどCD市場が縮小していることを踏まえ、5万枚を超える分のCD売上は換算率を約1/10に圧縮する措置を取っている。

 

なおこの措置は2017年より「30万枚以上」の基準で導入され、2021年下半期から「10万枚以上」に、2022年度より「5~6万枚以上」に基準が更新されたが、これは「高CD売上曲が不利になった」のではなく「これまで高CD売上曲が有していた過度な優位性が是正された」という方向性で捉えることが適切である。この措置の妥当性に関しては以下記事で説明している。

 

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この措置によりBillboard JAPAN Hot 100は2017年以降、特定の高CD売上アーティストが上位を独占する状況とはならなくなったことから、楽曲人気チャートとしての合格点を満たした。以降もチャート設計は改良が重ねられており、楽曲人気指標としての機能は年々強固なものに進化している。

 

なお、ヒットチャートの条件に関しては以下記事でも詳しく検討している。

 

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まとめ

 

ここまで長々とヒットの定義を考えてきたが、そもそもここまで考えなければいけなくなっていることが、総合楽曲人気チャートが日本国内に存在しなかった10年という長い月日の重さを感じさせる。本来はヒットチャートとしての機能を有していたオリコンがCD売上指標の中身の変質を適切に説明して然るべきだったのだが、オリコンは何の説明もなく楽曲人気指標の道を外れていき、結局多くの楽曲の人気が過大小にミスリードされる結果となってしまった。

 

実際に、ここで定義した「大ヒット曲」の発売年別曲数推移を見ると、楽曲人気チャートが日本国内から消滅し、CD売上指標の特定アーティストによる過度な独占が深刻化した2010年代前半に、大ヒット曲数が過去30年で最低水準に減少していることが分かる。

 

※2023年12月10日時点 

 

2017年からはBillboard JAPAN Hot 100が楽曲人気指標として必要なチャート設計を満たし、新たな指標であるストリーミング知名度も順調に普及が進んでおり、それに応じて大ヒット曲数も90年代並みの水準に回復してきている。この調子でヒット認識のコンセンサスが形成され、人気曲に適切に光が当たるようになっていくことを祈るばかりである。

 

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元も子もないことを言ってしまえば、そもそも公式な定義が存在しない「ヒット」という言葉は、誤解を避けるためにも、安易に使うべきではない。当ブログでも極力「楽曲人気」などの言葉で言い換えて説明している。しかし「ヒット」という言葉が便利でキャッチーであることも事実であり、文章の流れによっては使用することもある。何れにしても、どういう定義・文脈で「ヒット」という言葉を使用しているのかが、使用者の意図を読み解く上でも重要なのである。

 

 

*1:楽曲人気はアルバム売上に反映されるケースもあった。したがって、アルバム収録曲中一番人気曲はアルバムセールスを牽引したと見做し、アルバム売上枚数相当の人気となっていると考えることができた。

*2:なおバンドルはCDと等価の1DLで換算されているが、ダウンロード購入方法の主流は単曲購入であるため、ここでは省略する